おいらの嗜好について

先日、ダーリンがcapsuleの"Sugarless GiRL"を買ってきた。かいつまんで言えば、わかりやすいjapanese technoという感じ。ジャケットには歌詞の掲載も無く、音がループ状となってたたみかけてくる。

musicに関して言えば、意味の無い歌詞を歌っているものや、インストが好き。日本語以外で歌われているものもよく聴いている。現実が迫ってくるような「がんばれソング」や恋愛の歌は好きじゃない。だから、聴かない。

その意味では、technoって気軽に「非日常」が味わえる恰好の手段であると、おいらは考えている。同じ音が繰り返されるだけで、そこには意味は無い。「無」になれる。生きていると、「無」になれることがない。ただでさえ生きるのに試行錯誤して疲れているおいらに、現実をつきつけるような音は拷問以外のなにものでもないのだ。

読書も好きだが、やはり近年発売されている人気作家のミステリーや恋愛物は一切手をつけない。現実離れした背景設定がなされているものを好んで読んでいる。日本で生まれ育ったおいらにとっては、外国が舞台となった小説やエッセイは「非日常」を味わうのに欠かせないものである。

インテリアも、現実が迫るような「生活臭」にあふれたものは好まない。できれば、ホテルなみに整えられた美しいところでくらしたいと思っている。そのために、こまめに掃除をし、定期的に点検してモノにあふれないすっきりした空間となるようにしている。また、花を絶やさぬようにしている(不精なおいらは、もっぱらアートフラワーが好きなのだが(笑))。

昔から、美しいものや非日常が味わえるものが大好きだった。これは、母や親戚などの影響も大いに受けていると思う。お休みになれば、母に連れられてデパートで買い物をし、ホテルで食事をとったりして過ごしていた。まれに、学校を休んで出かけることもあった。現実を忘れ、また現実へ帰る。その繰り返しで、ストレスから自らを解放していたのかもしれない。

そうか、今でもおいらって、「非日常」を味わいながら生きているのね。

というわけで、今日も手抜き家事をしながらいかにして「非日常」を味わうべきか、悩むcultmaniaなのでした。